大農を回す町内会の枠と職能の持ち寄り sec#17
大農の活動では、町内会という既存の組織が、閉じた統制機構としてではなく、新しい企画を受け入れる器として働いている。町内会の行事と自主企画を認める仕組みが混ざり、町に認められた人や技術を持つ人が場を開く。その上で、写真家らが仕事としてではなく、表現や遊び、地域への還元として職能と時間を持ち寄っている。[moment#2998]
活動を支える基盤は、完全な無償でも無制度でもない。地元の公園や台町会館を地元利用として無料で使い、町内会から予算を受け取る一方、その予算は人件費には使わない。参加者は時給を受け取るのではなく、冷たい飲み物を受け取る程度で、準備や運営に必要な労力と技能を持ち寄る。僕には、無料の場所と町内会予算という小さな制度的基盤があるからこそ、非貨幣的な職能の還元が可能になっているように見える。[moment#3213][trade#303]
この器は、企画を認めるだけでなく、住民の声を実現可能な形へ変えるノウハウによっても支えられている。台町会館の借り方を伝え、運営を手伝う行為には、特段の金銭的対価がない。制度を知る人がその知識を囲い込まず、住民のやりたいことに接続することで、参加への入口が開かれている。[trade#304]
餅つきでは、この構造が身体的な役割の移動として現れる。僕は叩き手が足りないという呼びかけを受けて参加し、餅つきの労働と取材を通じた関わりを差し出した。その一方で、食事や餅を受け取り、場へ迎え入れられた。費用を負担し、呼びかけを行う小さな運営があるから、招かれた僕も客のままではなく、活動を担う側へ回る。ここでは、利用者と提供者の境界が労働と贈与の往復によってゆるんでいる。[trade#256]
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