小林は大磯に来る前、都内でラーメン店を最大5店舗(芝浦2・三田・浜松町ほか)経営していた。前職の会社(会長)から社名を使ってよいと言われ、その名で会社を作って多店舗展開。コロナ禍で他社と4社合併し側面(名目)役員になったが、のちに退任。コロナ禍に東京駅徒歩1〜2分の店も出したが家賃に耐えられず2年で撤退し、約3000万円を失ったと語る。