ラーメン修業の起点。27歳で渋谷・神泉の『麺の坊』系(一風堂の一番弟子の店)で約2年働く(当時一風堂は都内3〜4店、恵比寿だけでスープを炊いていた)。屋台をやめて店を出す知人から軽トラの屋台を譲り受けたが、そのタイミングで別のラーメン店にヘッドハントされ十数年在籍。その会社の会長に気に入られ『名前を使っていいから会社を作れ』と言われ独立、都内5店舗に至る。