← 号「seisyoness #01」 · 特集「回るもの、止まるもの」

タダで回る部分と、お金がいる部分。その線はどこで引かれてる? sec#90

事例 · v2 · 本人の直接編集
狙い: 大農のイベントへ移り、時給の出ない準備や運営を描く。手伝った人に渡るのは冷たい飲み物ほどだが、参加者には普段会わない世代との接点ができ、段取りや協調の感覚が残る。町内会予算はあっても人件費には使わず、無料で使える公園や会館と、それぞれの職能や時間によって動く様子を、道祖神の輪番とは少し異なる感触として続ける。

やっほーには、地域からいろいろな食べ物が届く。近所の人が魚や野菜を持ってくる。横浜や平塚のパン工場からは、支援食材として売り物にならないパンが送られてくる。大磯にある大きな冷凍庫は、それでいっぱいになる。子どもたちが食べるものの多くは、買ったものではなく、人づてに集まったものだ。「ありがとう、助かりました」で回っている。

派生した「ほとり」にも、同じように物が届く。サンティというパン屋が、おいしいパンを寄付してくれる。ジェラートもたくさんくれる。ただしサンティは、名前を大きく出してほしいわけではないという。だから感謝は伝えるけれど、SNS には書かない。地域のおじいちゃんが、突然野菜をドーンと持ってくることもある。渡す側は「自分たちも店で精一杯で、本当は地域活動をできたらと思っている」と言いながら置いていく。見返りを求めているようには見えない、と小柴さんは言った。

場所のほうにはお金がかかる。やっほーが使っている建物は、隣にある社会福祉協議会が建てたものだ。二年前に空いていたところを破格の値段で借りて、いまは月に数千円払っている。二〇二二年の十月に一般社団法人を立ち上げ、月水金を開けて、お昼の部と、十四時半からの放課後の部をやっている。夜やっほーもそこに加わった。子どもは無料で食べられるメニューがあって、その日はピザが出た。それでも、家賃だけで活動が成り立つわけではない。人件費がいる。設備を作るお金がいる。

立ち上げのとき、それを支えたのがLUSH というイギリスの会社の助成金だった。何百万円かを受け取り、運営費と人件費に充てた。そのお金で、中にある小上がりと秘密基地、二階のフローリングを大工さんに作ってもらった。いま部屋にあるものの多くは、この助成金から生まれている。

ただし、その助成はもう終わっている。去年から今年の三月まで、という期間があらかじめ決まっていた。だから次は、別の助成金かクラウドファンディングで集めなければならない。国の助成金は実績がないと難しい、と言っていた。野菜を持ってくる人との関係に終了日はないが、助成金には終了日がある。

外から来るのはお金だけではない。夜やっほーの日、アウトドア靴メーカーのKEEN の社員が三人、ボランティアに来ていた。会社の社会貢献のコースで、年間のノルマがあり、こなすと手当が出るのだという。彼らは「特にお金を出しているわけではなく、人で参加させてください」という形で入り、ステッカーを配って自社を知ってもらうきっかけも作っていた。社員から見れば手当の出る労働で、会社から見れば見返りのない社会貢献になる。同じ一日が、立つ位置によって違うものに見える。

もうひとつ、表に出ない支えもある。ある人はこう言った。儲からない社会活動に打ち込めるのは、配偶者に収入があってゆとりがあるからではないか、と。その指摘が当たっているかどうかは別として、活動を可能にしている条件が、家計の内側にも隠れていることは確かだ。

ほとりは、もっと小さく回っている。子どもからも、誰からも、個人としてはお金を取らない。完全にゼロだ。かわりに寄付と、週に一回と月に一回開く喫茶の飲食代で、子どもの活動費と昼ご飯の材料費を賄う。喫茶が資金集めの装置になっていて、収支はマイナスになっていない。外から入るお金は、調理の活動に年十万円ほどの町の補助だけで、それも二年目になる。三年で切れる。

場所の借り方にも工夫がある。ほとりが使うのは学校の建物で、やっほーが社会福祉協議会から借りているところを使わせてもらう形だ。ただし使用料を払うと、やっほーが又貸ししていることになって社協としてはNG になる。そこで、使用料ではなく「寄付」という形にして、その寄付のかわりに週三回、月水金のこの時間を使わせてもらう、という建て付けにしている。制度に触れないように、名前のほうを変えている。

ホップを育てる柳沼さんも、期限つきのお金で動いている。新規就農者向けの助成金が三年間、年に百五十万円ほど。認定を受けるには、審査会で五年間の営農計画をプレゼンする必要があった。十人以上が並んでいたが、ホップをやる人が周りにいないので、質問はほとんど出なかったという。いまホップの売上だけで生活できるほどではなく、貯金も切り崩している。就農して二年、農地もまだ買えず借りているだけだ。三年ほど続けて信用されるようになると、周りが売ってほしいと言ってくるらしい。

助成はあと一年半ほど残っている。その先は分からない。だからそれまでに、醸造所を作って計算を立てないといけない。もっとも、その計算は慎重に組まれている。仮にいま借りている醸造所が何の収益も出さず、ランニングコストだけがのしかかっても、事業全体としては赤字にならない規模にしてある。今のままホップ農家だけを続けるほうが、むしろリスクは低いのだという。委託で作ったノンアルは、最初の年に一本五百円だったものがいまは八百円で、それでも売上も本数も三倍になった。普通のスーパーでは売れないから、マルシェや道の駅、結婚式場や寝台車で売る。

外部資金は、活動を地域の外側から支える。それがなければ始められなかった活動も多い。ただしそれは永続する収入ではなく、自立するまでの時間を買うお金だ。助成が終わったあとも、パンを届ける関係は残る。柳沼さんの畑には、育ったホップと自作のトレリスが残る。問題は、残ったものを使いながら次の費用を自分たちで生み出せるかどうかで、その準備は助成の期間のなかに含まれている。

会話 #182

記事: section#76

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版履歴

v1 · machine · 2026-07-20 06:48

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大農のイベントで手伝う人にも時給は出ない。準備をし、当日の段取りを整え、終われば片づける。渡されるのは冷たい飲み物くらいだという。町内会から予算は出るが、人件費には使わない。場所は地元の公園や会館を地元利用の枠で使い、必要な写真や告知や進行には、それぞれが持っている職能と時間を持ち込む。道祖神のように順番が来るのではなく、手を出せる人が、その都度そこへ入っていた。[trade#303]

手伝いのあとに残るものを聞くと、普段なら会わない世代との接点や、複数の人と予定を合わせ、ひとつの催しを進める感覚が挙がった。一人で仕事をしていると抜け落ちていく協調や段取りを、イベントのなかで取り戻せるともいう。冷たい飲み物は労働への代金ではない。参加した人の側には、小学生や高齢者や子育て世代と同じ場所で動いた時間が残る。見返りを揃えないまま、準備だけが進んでいく。[trade#303]

⚠[要検証] 耕作放棄地では、土地をタダで借り、費用をかけない範囲で手を入れていた。「お金をかけずにやれる規模のことを、町内会ではやらないようなことを、みんな職能のスキルを還元しながらやってる」。大きくするために人を雇うのではなく、誰かができる作業を持ってきて、できるところまで進める。回転を速めるより、止まらない大きさを選んでいるような現場だった。[search_chunk#2494]