出したものによって、動き方が変わる sec#95
試しに並べ方を変えてみる。横軸に「何を出したか」を取る⸺場所、産物、知恵、道具、お金、人手、声。縦軸に「出した後、何が起きたか」を取る⸺労働で返った、職能で返った、お金で返った、何もせず通過した、誰も乗らなかった。
「場所」の列が、いちばん分厚い。 岡村さんのアパート、杉山さんの空き家群、台町会館、東光院の隣の一軒家、コミュニティ食堂、最小文化施設、ほとりが借りている学校、烏になった元文房具屋(*7)、そして宮川さんの畑。僕が西湘で見つけた事例の多くは、場所を起点にしている。空き部屋、空き家、空き地、使われていない学校、シャッターの下りた店、町内会の施設。場所が空いている。そこに誰かが入る。入った人が何かを始める。物理的な器が、多くの動きの起点になっている。
しかもこの列には、他と違う性質がある。場所は、貸すほうにも利があることが多い。 宮川さんの畑は三人の地主が別々に持っていて、全員が無償で貸している。名目上は年に一万円くらいと言われていたが、実質はほとんどかかっていない。畑は誰かが管理しないと草ぼうぼうになって木が生え、手がつけられなくなる。だからタダでいいから人に貸したいという地主が多いのだという。山の上のみかん畑にいたっては、地主から「勝手に使っていい」と言われて使っている。出すことが持ち出しではなく、むしろ助かる。この構造が、西湘に空きが多いことと重なっている。
ただし、場所を出すには条件が要ることもある。宮川さんが自分の農園を会社の形にしたのは、平塚に住みながら大磯で畑を借りるとき、事業として参入するほうが認可が下りやすいと聞いたからだった。畑を借りるには、五年ぶんの営農計画⸺何をどれだけ作り、経費と人件費がどれくらいかかるか⸺を町役場に出す必要もある。制度は、空いている土地と借りたい人のあいだにちゃんと立っている。
「産物」の列は、出すと減る。 宮川さんの米、養鶏場の卵、パン工場のパン、地域の人が持ってくる野菜と魚、大島さんの種。米は蒸したらなくなる。卵は食べたらなくなる。でもこの列には別の特徴がある。毎年また採れることだ。減るけれど、また出せる。だから続けられる。
その代わり、天候には勝てない。今年の餅つきの米は、田んぼの水が抜けてカラカラになって(*8)、精米すると前の年の十分の一しか採れなかった。古代米のもち米も育てたが、雑草に負けやすい。高齢化で耕作する人が減って、空いた田んぼを借りて広げているところだという。産物を出す側は、毎年ちゃんと出せるとは限らない。
「お金」の列には、助成金が並ぶ。 やっほーのLUSH(*9)、ほとりの町補助、柳沼さんの就農助成。外から来て、期限がある。場所とは性質がまるで違う。空き部屋はそこにあり続ける。毎年借り直す必要はないし、岡村さんが貸すことに終了日はない。でも助成金は三年で切れる。場所は持続するが、お金は止まる。
「知恵」の列も面白い。 佐々木さんが教えた会館の借り方、杉山さんのDIY の技術と解体の手ほどき、古井さんが地域の相談を受ける知恵、宮川さんが教えてくれたブドウの挿し木のやり方(*10)、斉藤さんの練りのコツ。知恵は使っても減らない。教えたら相手も使えるようになるのに、教えた側の手元にも残る。米は蒸したらなくなる。部屋は貸したら自分では使えない。でも知恵は減らない。だから知恵を起点にした動きは、出す側の負担がいちばん小さい。佐々木さんは借り方を教えたことで、何も失っていない。
面白いのは、知恵が減らないぶん、受け取った側に何かが起きることだ。会館の借り方を知った人は、次から自分で申し込める。挿し木のやり方を教わった僕は、その日のうちに一列ぶんを植えた。成功する見込みは十本に一本、まあ五本に一本でもいい、と宮川さんは笑っていた。知恵を渡すというのは、相手を「できる側」に移すことでもある。
「道具」の列は、短いけれど示唆的だ。 宮川さんは唐箕を二台持っている。一台は剪定を手伝っている農家からもらったもので、もともとボロボロだった。もう一台はバイト先の畑の地主が「もういらない」とくれたもので、いまはこちらを使っている。誰かにとって不要になったものが、人づてに次の使い手へ渡っている。
この列は、思っていたより長い。売れないパン、販売できない卵、ビール製造所から出たホップのカス、醸造を終えたホールホップ、解体現場から出た古材、二宮のダンス教室から来たシステムキッチン。ホップ農家が養鶏場に見学に来たとき、手土産に持ってきたホップの苗は、そのまま毎年育っている。余っているもの、捨てるはずだったものが動いている。 出す側にとってはゴミに近く、受け取る側にとっては資材になる。
「人手」と「声」の列は、いちばん軽い。 KEEN の社員は会社の制度で来ていて、僕は取材させてもらうかわりに働いている。細川さんは「手伝ってくれ」と言っただけだ。でもそこから場所ができている。声は、出すのにコストがかからないぶん、いちばん届く範囲が読めない。
*7|烏(からす) 大磯の花屋。コロナと妊娠を機に新宿を離れて移住した半田さんが、元文房具屋のシャッター物件を管理人から直接借り、天井を抜いて板を張ってDIY で開いた。花だけだと客がふるいにかけられるからと、レコードや本や花瓶も並べる。
*8|共同田んぼ 餅の米はすべてこの場所で採れた無農薬・無肥料のもち米。今年は精米で前年の約十分の一しか採れなかった。古代米のもち米は雑草に負けやすい。高齢化で耕作者が減り、空いた田んぼを借りて広げている。
*9|LUSH の助成金 立ち上げ期のやっほーを支えたイギリスの企業の助成金。何百万円かを運営費と人件費に充て、小上がりや秘密基地、二階のフローリングを大工に作ってもらった。昨年から今年三月までの期限つきで、すでに終了している。
*10|挿し木 剪定した枝の上下を間違えないよう、葉が落ちた跡の上に芽があるほうが上。成功の見込みは「十本に一本、まあ五本に一本でもいい」。うまく育って密になった場所は、あとで間の空いたところへ移し替える。
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版履歴
v1 · machine · 2026-07-20 06:24
見出しなし
餅つきでは、もち米と食事と場が先にあり、参加者が交代でつく労働や持ち寄りで応じる。岡村朝子さんの改修アパートでは、場所を使う人が畑を手伝い、野菜を受け取る。大農では、会館や町内会予算の上に、写真家らの職能と時間が重なる。お寺のコミュニティ食堂では、買い取った空き家に住民の食堂運営や弁当配達、外から届く食材が加わる。最初に出されたものも、その後の乗り方もばらばらだ。でも共通するのは、受け取った人がただの利用者で終わらず、自分に出せるものを持って場へ戻ってくることだ。[trade#162] [moment#3223] [moment#2998] [moment#3067]