マスターの家系=大磯宿場町の旅館。大磯がかつて宿場町だった話から、マスターは自分の家(親の代)が大磯で旅館をやっていたと明かす。屋号は『二の上金子屋(にのうえかねこや)』で、そこから西の方の『杉本』(鳥の唐揚げの店)との間が家の旅館だったが、代替わりで潰れた。大内会館はその頃からあったが平塚寄りだという。マスター自身は平塚生まれ平塚育ちで、大磯・旅館の話は父から聞いた程度とのこと。地域史・宿場町の記憶として語られた。