僕が本研究の仮説を小柴に提示した。西湘のこの地域に『新しい社会が芽生えているのではないか』、お金を返さないもの・物々交換・ものの循環が回っているのではないか、という仮説。小柴と野口はこれに同意し(『循環がものの循環が』)、やっほーでも東の観光場や近所の人が魚や野菜を渡してくれて『ありがとう助かりました』で回っている、子どもからも託児料(宅事業)を取っていない、と具体を挙げた。冒頭では野口が、原始共同体の共有=共産の感覚を新しい時代に取り戻す動きが今このあたりに出始めており、だから自分は真鶴を始めた、と資本主義論の文脈でも同じ趣旨を述べていた。