← 号「seisyoness #01」 · 特集「回るもの、止まるもの」

手を動かした人が、少しずつその場所の一部になっていく。 sec#93

主張 · v2 · 本人の直接編集
狙い: 借りている学校の使い方を制度に合わせて組み替えたほとりを短く振り返り、器が先にあり、その後から使い方が作られていく光景を置く。最後は烏の半田さんへ移る。買わずに話す客、犬に触らせてもらうこと、店を手伝うことはあるが、半田さん自身は物々交換に強いとは言わず、内向きにもなりたくないと話す。その『強くない』という距離を結びにして、ここまでの事象の違いを説明せずに閉じる。

古本屋の南十字は、三人で運営している。三人とも出版業界や書店で働いた経験はない。一人はウェブやデジタル周りのデザインの仕事をしながら店に立ち、一人は別の職場で働きつつラジオ番組のDJ をしていて、一人は「風景社」という個人出版社を一人でやっている。その風景社の本が、店の棚に何冊か並んでいる。三人はそれぞれが考えていることを小さな冊子にして、文学フリマに出した。店に置いてある分は、真鶴の道草書店へ納品するために作ったものだった。

その道草書店とは、同じ年に開業した「同期」にあたる。道草は六月、南十字は十月。独立系書店としては最も近く、イベントで一緒になり、休みの日には互いの店に行く。客の橋渡しもある。南十字から道草へ、道草から南十字へ。そこにお金は介在しない。

道草書店の店主は、店を構える前の一年半、軽トラの移動本屋で湯河原から二宮までを引き売りしていた。移動本屋そのものは経営として成り立たない。それでも、よそ者がいきなり店を開くよりも、一年半かけて各地を回ってつながりを作ったことが効いた。開業のときにクラウドファンディングに協力してくれる人がいて、店づくりを手伝ってくれる人がいて、そのまま常連になった。買う人と作る人が、途中で入れ替わっている。

東光院のコミュニティ食堂は、入口の鍵が開けっ放しになっている。監視カメラがあり、入口に募金箱が置いてある。買い物をしなくても入れるし、食べるかどうかも、お金を入れるかどうかも来た人に任されている。火木土の十七時から、住職が作ったものを地元の人が食べる。一人で食べることを防ぐための場所だ。

大磯の花屋「烏」は、花だけを置いていない。花屋だと客が最初からふるいにかけられてしまうから、レコードや本や花瓶を一緒に並べて、花目当てでない人が立ち寄れる店にしている。初心者のDJ 会をやるときは花をどけてターンテーブルを置く。並べる本やレコードは、貸し棚を公募するのではなく、自分がいいと思ったものに直接声をかけて借りてくる。建築系の本、真鶴出版の刊行物、南十字が選んだ本。ブックマルシェのときは南十字の本を全面に広げる。

終わったアパートを買ってDIY で直し、みんなで使い、毎月マルシェを開く。そういう「個人が作る最小文化施設」が、あちこちにできている。お金とサービスの交換だけで生活を覆い尽くさなくてもいい、という感覚の転換が、その背後にあるように見える。

ほとりが使う学校の建物には、公共施設としての制約がある。自由に改修することはできない。だから既存の間取りや窓や設備を変えるのではなく、その条件でできる活動のほうを考える。制度の外へ出るのではなく、決められた枠のなかで使える範囲を広げている。

こうした場所では、完成したサービスを利用者が受け取るだけではない。使う人が本や労働や知識やお金を持ち込んで、場所の一部を作っている。ただし、その関係が誰にとっても入りやすいとは限らない。烏の半田さんは、自分は物々交換に強くない、と言った。触れ合いや会話や手伝いといった非貨幣のやり取りがあることは認めながら、そこは得意ではないと。そして、小田原など外の街のマーケットに出店しても大磯の人はあまり来ない、大磯は内向きだと毎回感じる、とも言った。場を一緒につくることと、誰でも利用できることは同じではない。輪ができたとき、その輪に入りにくい人がいないか。回っているものだけでなく、途中で止まるものや、最初から輪に乗らない人まで含めて見ることで、その場所がどれくらい開かれているのかが見えてくる。

会話 #191

記事: section#79

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版履歴

v1 · machine · 2026-07-20 06:48

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⚠[要検証] 僕のノートには、四つの置き場ができていた。輪番で帳簿が渡り、自前で回り続けるもの。助成や補助の期限の内側で動くもの。製造所を急ぐように、回そうとして次の形を作っているもの。そして、売上や拡大だけを回転の目印にしていないもの。分類名を書いても、道祖神の帳簿と冷たい飲み物とホップ畑と募金箱は、同じ手触りにはならなかった。[moment#2590] [trade#303] [moment#3082] [moment#3067]

ほとりでは、借りている学校が先にあり、使用料ではなく寄付とする建て付けが後からできた。コミュニティ食堂では、買い取った空き家が先にあり、開けたままの鍵と募金箱と食事の時間が置かれた。最小文化施設では、終わったアパートが先にあり、DIYとマルシェが続いた。場所を使う人の動きは似ていても、場所を保つ金の来方は揃っていなかった。[moment#3129] [moment#3067] [moment#1201]

⚠[要検証] 最後に烏で半田さんと話した。犬を連れた客が来れば触らせてもらう。何も買わずに話して帰る人もいる。店を手伝う人もいる。それでも半田さんは、自分は「物々交換に強くない」と言った。烏を始めたときから、悪い意味での身内だけの場にはしたくなく、「内向きにはなりたくない」と考えていたという。交換を掲げず、輪の内側へ囲い込まず、買う人と話す人と手伝う人が同じ入口を通る。ここまで回るものを追ってきた僕の前で、半田さんはもう一度、強くない、と言った。[moment#3035]